某国営放送の大河ドラマファンであり、最終回を面白く視聴

いたしました。

ふと「なぜ日本の鎧はあの恰好なのか?」という疑問が

湧いてきました。

これからは自分の少ない知識と偏見でありますから

学説でもなんでもなく、想像の域の自説です。

昔、刀剣は青銅器でした。

ゲームのRPGのドラクエなんかは初期は銅剣と革の鎧です。

そう、青銅器時代はたぶん革の鎧で一定の防御の効果があったのでは

ないかと推測します。

青銅器製の刀剣や槍なので致命傷から護ることは結構あったと思います。

中世では時代遅れ?ではなく、三国志やヨーロッパ史を読むと

中央アジアの革の鎧を着た騎馬民族に中国もヨーロッパも度々痛い目に

遭っています。

革の鎧は防御では劣るものの軽いので機動性があり、馬で早く駆け抜ける

ことができます。

そこで、鉄製の刀剣です。

鉄製ならば、革の鎧を貫くことは容易かと思います。

近くの博物館へ伺うと2世紀~4世紀頃の銅鐸はたくさん出土しますが、

金属器は余程身分が高い人の墓の副葬品以外では滅多にでてきません。

それほど高コストの鉄器を使用しないと世界では騎馬民族に対抗できず、

日本もそれに倣ったと思います。

が、何故日本は革の鎧が主流になった時代がなかったのか?

それは稲作地帯に集落が多く、温暖な気候で厚く丈夫な獣の毛皮が

手に入りにくかったんじゃないかと思います。

中央アジアは高い山が多いなどで、寒い気候の場所も多く、厚い毛皮が

手に入りやすく、結構防御に優れていたのではないかと思います。

ヨーロッパはドイツなどで鉄が豊富に採れていたので金属製の鎧が

現れたと思います。

日本の中世の戦いはの致命傷を与える武器は石礫、鉄製の槍と弓矢が

大半です。

これの防御では、胴が木製、可動部が分厚い縫製をした布製で

結構防御の役割を果たしたんじゃないかと思います。

そこそこ軽いので、馬でも走らせることもでき、機動性もあります。

森林が多く、手に入りやすい木製で大量生産、兜、鎧を造った

と思われます。

火縄銃は射程が短く中世の末期でもまあ、なんとか

役に立ったんじゃないかと思います。

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