ひいふうみいよう

一週間前ほど、昔の数の数え方

ひいふうみいよう  いつむななやここのつとお

なぜ1~4までが言いやすいのか?と考えた処

江戸時代までお金の勘定が4進法だったからじゃないかと

思いつきました。

が、確証はありません。

また暗い話で申し訳ないですが日本の建築構造で多大な影響を

及ぼしたのが関東大震災と東京大空襲だと思います。

このブログで日本はやたらとコンクリート造りの建築物が

多いと書きましたが、本当は関東大震災前にはレンガ作りの

建築物はたくさんあったとのこと

しかし、VIPの送迎を目的として堅牢に造った東京駅以外は、

関東大震災で殆どが倒壊してしまったらしいです。

それが1923年

西東京は地震対策でコンクリート造りの建造物が多く、東東京は

下町で木造建築が多かったらしいです。

満州事変で世の中の雲行きが怪しいということで、ゲルニカ、

重慶の空襲を想定した上で町内会で消化訓練を頻繫に行ったらしいです。

油火災なら大きな布を被せて大勢で消せると張りきって

隣組とか結成して訓練したらしいです。

前提は、今までと同じ兵器、敵はたいした事がないから

大きな進歩はない、すぐに逃げるという選択肢を消した

らしいです。

ひいふうみいよう の後の言葉を消したように

東京大空襲は1945年

関東大震災の後から20年ほどしか経っていません。

ナパーム弾は当時の技術では中々消せないような油を

使っていました。

消火活動にいそしんでしまったばかりに関東大震災よりも

大きな被害を出してしまいました。

日本社会は先走って知識を積み込むのは得意だけれども、

ゆっくり他の選択肢、原因、検証するということがおろそか

になりがちじゃないかと思います。



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