頭の保護

今回はかなり長文です。
前置きに偉そうな事を書いていますけど、御嶽山の噴火まで
気が付かなった点は幾つかあります。

細川藤孝、忠興親子は初めは足利将軍に仕え、信長、秀吉、家康に仕えました。

が、卑怯者と蔑む歴史家はあまりおらず、良識人と言う方が殆どです。

まず、日本の戦国時代、武田信玄と上杉謙信の「川中島の戦い」の考察です。

ぶちゃっけますとこの当時の戦は本格的な戦闘は
中々できなかったのではないのか?

10度戦い全部本格的な戦闘であれば、両軍破滅するからです。
案の定まともな戦いは2回だけで後は小競り合いだけでした。

当時の主力は「足軽」

農閑期に出兵する農民が殆どです。
しかし、田畑を持ち、妻が居て、親と子や親戚(一族)がいる家長は
戦闘に参加するでしょうか?

アウトソーシングなので、小遣い稼ぎで後ろで声をあげていた程度
だと思います。

ちょっと調べた処、調略でしばしば地侍、国侍(特権階級)が寝返ります。
3度くらい寝返るのが当たり前の時代でした。

もし、前の戦で寝返った特権階級がまた味方になり、また寝返ったからといって、
蔑んで血みどろの戦いをしたらどうでしょう?

特権階級は直接農民を支配していました。
隣村なら田畑を荒らされて、生活は困窮します、特権階級も同じくです。

なので戦闘は一族の中で肩身が狭く、立身出世をしたい、二男、三男や流民、
と特権階級のみが腰を入れたと思われます。
ですから、「一番槍」が「大将首」と同等に恩賞があてられるのが頷けます。

「狩猟民族は皆殺しが起こりやすいが農耕民族は起こりにくい」
というのはこういう点ではないでしょうか?

ところが、織田信長が輩出して一変しました。
信長も隣国の美濃攻めには上記の原因が一因と思われ、永い年月を要しました。
信長が主に改良した武器は「六間槍」「鉄砲」でいずれも「足軽」の武器で
主戦力は相変わらず「足軽」ですが西洋と同じく、田畑に縛られない本格的な
軍制を敷いたことが大きいと思われます。
なので信長の戦いは「皆殺し」が多かったと思われます。
しかし、当時の農耕民族の倫理は抵抗が大きく、「本能寺の変」が
起きてしまったと思われます。

本題に入ります、この当時も現代でも問題なのですが、

「頭を保護するという倫理が足軽も小規模工務店も欠如している」という点です。

農耕民族の多い東洋全般に言えることでもあります。

例えば、太平洋戦争当時の日本陸軍、ヘルメットを着用していません。
物資不足が原因かと思われました。
が、昭和30年頃建設された佐久間ダムの建設に
死者が96名でそのほとんどがヘルメットを着用していないため・・・

ヘルメットを着用したくない理由として

・重労働なので蒸れて邪魔
・ズレると視界が悪くなり余計に危ない
などがあると思われますが再考してほしいと思います。

大手の建築業界は大体義務付けになっていますので、蒸れにくい、
ズレない保護具を早急に開発して義務付けを行って欲しいです。

同調圧力を持って、「とろい奴がケガするだけで俺には関係ない」

妙に一部こだわりをもっているが、他のことは意識が低い偏屈さ

人手不足、事故率が高く、他業界より保険金が高い、
会社に迷惑かける、建築物の相場が高い、
自分の家族に迷惑をかける等社会全体の迷惑を考えてほしいです。

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