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また、適当に思いついた事をダラダラと書きます。

江戸時代から明治にかけて暦が太陰暦から西洋の

太陽暦に替わりました。

太陰暦ですと「8月はもう秋」

これは一説によると「明治政府が立ち上がったばかりで

予算が少なく太陰暦ですと閏月がありまして節約の為に

12か月の太陽暦にした」とも聞きます。

これが本当でも当時の人はすんなり不満もなく、

受け入れたんじゃないかと思います。

何故なら江戸時代は安息日(日曜)という概念がなく、

お丁稚さんなんか「正月」と「お盆」しか休みがなかったからです。

たとえ、年間の給金が少なくなっても日曜日は

衝撃的な嬉しさだったかもしれません。

太平洋戦争時には、「月月火水金金」と言われた制度がありましたが

現代の価値観に比べてそんなに

ひどい制度じゃなかったかもしれません。

国民の半数は農業従事者で日曜は元々関係ありませんでしたし、

ほんの半世紀前まで日曜がなかったからです。

不思議に感じたのは、暦の「年月日」

アメリカ文化の排斥から「年」は「皇紀」を持ち出し、神経質に

野球の判定まで無理やり日本語にしました。

が、「月と日」は太陽暦のまま。

給料が極端に減るということもありますが、

現在の「消費税」導入のように金と労力が非常にかかるため、

「打算」で直さなかったかもしれません。

意外と旧日本軍は「打算」でできていたかもしれません。

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